大玉中学校日記

2015年7月の記事一覧

「変身」と「大玉プライド」~第一学期終業式校長式辞~

 一学期最後の日になりました。全員無事で、大きな事故なく一学期の最後の日を迎えられたこと、大変嬉しく感じます。
 さて、皆さんは四月の学年集会で私がお話しした一学期のテーマを覚えていますか。仮面ライダー、セーラームーンそしてエレン・イェーガーの共通点、そう「変身」です。「新学期は、今までの自分を変える『変身』のチャンスです。」というお話をしました。
  一年生の皆さん、入学式で私がお話しした内容を思い出せますか。「中学校は大人になる学校、従って大人になっておかしなことは、全部やめてもらうところです。三年間のうちに一人前の大人としておかしくないことを身につけるのです。」とお話をしました。やって良いことと悪いこと、正しいことと間違っていることが判断できる大人に「変身」することができたでしょうか。自分から進んで学習や係活動に取り組む大人に「変身」することができたでしょうか。
  二年生の皆さん、一年生の手本となる先輩に「変身」することができたでしょうか。三年生の思いを引継ぎ、部活動の中心として活動する姿に「変身」することができたでしょうか。
 三年生の皆さん、部活動では、完全燃焼できたでしょうか。果たせなかった思いを後輩にしっかりと伝えたでしょうか。そして「部活動モード」から「進路実現モード」への「変身」は完了していますか。まだ「変身」を遂げていない皆さんは、夏休み中に必ず完了させ、レベルアップした姿で二学期を迎えてください。
 この一学期、大切な行事がたくさんありました。四月には三年生の修学旅行、五月には一、二年生の学習旅行、県北陸上競技大会、そして六月には安達地区中体連・県北中体連総合大会、七月には県中体連陸上競技大会、県吹奏楽コンクール県北支部大会と毎月大きな行事や大会があり、皆さんにとっても先生方にとってもめまぐるしい一学期でした。また、その行事の合間にも生徒会行事があったり、学年の活動があったりと本当に忙しい毎日だったと思います。それぞれの行事における活動の様子や成果、そして私の思いや感動は、その都度学校だよりで紹介しました。皆さん一人一人の頑張りがあってこうして充実した一学期を終了できることを嬉しく思います。
 特に3年3組の渡邉寬規くんは県陸上競技大会の砲丸投げで4位に入賞し東北大会への出場権を獲得しました。同じく3年3組の本間優斗くんも棒高跳びで7位入賞を果たしました。おめでとうございます。入賞もさることながら私が嬉しかったのは、大会に出場した5人全員が、自己ベストの記録を出したことです。選手壮行会の時に大玉中の代表として「大玉プライド」すなわち「大玉中生としての誇り」を胸に完全燃焼してきてほしいとお話をしました。参加した5人の選手は見事「大玉プライド」を胸に輝いてくれました。夏休み中に県大会を控える剣道部と吹奏楽部の皆さんも「大玉プライド」を持って勝負の場に臨んでください。
 さて、「大玉プライド」は、大会などに参加する時にのみ意識するものなのでしょうか。私は、常日頃の学校生活でも持ち続けてほしいと思っています。その象徴が校歌を斉唱するときです。私が一学期最も感動したものの一つは、皆さんが校歌を歌うときの姿です。入学式はもちろん、各種集会や音楽の授業でも、一生懸命校歌を歌っている姿を見ていつも嬉しく思っています。以前、学校だよりで紹介しましたが、40年前につくられた校歌の歌詞には、その当時の大玉村の美しい風景が描かれています。一番の「稲穂のみのりたわわに・うち揚がる収穫のその喜び」は、作詞をされた藪田先生が、県民の森から黄金色に輝く、大玉村の美しい秋の田園風景を目にした感動が込められています。三番の「安達太良の山を仰げば・空の青招くかなたに」は、藪田先生が当時建設中だった大玉中学校の校庭から校舎越しに、秋晴れの青空とそこに浮かび上がる安達太良山を目にした感動が、そして「こだまする若人のその喜び」は、翌年からこの校舎で生活する大玉中生の躍動する姿を心に思い描いて書かれたものなのです。40年経っても変わらない「日本で最も美しい村」大玉村の原風景と、そこで輝く大玉中生の姿、皆さんの先輩達も、思いを込めて歌い継いできた校歌です。これから校歌を斉唱する際はこの風景と頑張っている自分の姿を心に思い描きながら、二
番の歌詞に表現されている「わが誇りあり」、まさしく「大玉プライド」を持って歌ってほしいと思います。
 このあと、各学級で担任の先生から一学期の通知票をもらいます。そこには頑張ったことやできるようになったことが書かれているはずです。よかったことがもっとよくなるように、これからもさらに努力してほしいと思います。
  それでは、健康・体調を維持し、充実した夏休みを送ってください。そして最初にお話しをしたとおり、二学期の始業式には「変身」を遂げた皆さんに会えることを願って第一学期終業式のお話を終わります。では、皆さん、よい夏休みにしてください。

地域安全ポスター入選作品

 公益財団法人福島県防犯協会連合会が募集した,本年度の地域安全ポスターコンクールで武田楓さん(1-2)の作品(右)が見事「優秀賞」に輝きました。大きな社会問題の一つとされている「振り込め詐欺」防止を題材とした分かりやすいポスターです。文字を使わずに「?」
「!」で登場人物の心情を表現したり,オレンジ色のインパクトのある背景色など,「さすが美術部員!」と思わせる作品に仕上がっています。

思春期講座(3年)

 7月15日,福島市にある大川レディースクリニックの長谷川洋子先生を講師にお招きし,3年生を対象とした「思春期講座」を開催しました。クリニックで「思春期相談」を担当されている経験をもとに,前半は男女交際の悩みや人工妊娠中絶,性感染症に関するお話をいただきました。男女交際における男性と女性の認識の違いによるトラブルや人工妊娠中絶が女性に及ぼす精神的・肉体的ダメージの大きさ,免疫力が低い10代の若者の性感染症にかかるリスクの大きさなど,実話をもとにしたお話だけにとても説得力があり,生徒も真剣に耳を傾けていました。後半は,月ごとに成長する胎児や出産の際の胎児の様子を人形を用いて分かりやすく説明していただき,生命の神秘と命の大切さを学ぶことができました。「将来,幸福な家庭を築きたいという願いがあるのならば,特に10代は自分自身を大切にすること。」「まわりの誰からも祝福される出産となるよう,早い時期にまわりの大人に相談すること。」長谷川先生からのこの2つメッセージを心に刻んでほしいという思いを強くしました。

大玉中学校40年の歩み  Episode5 部活動の移り変わり その3

〈吹奏楽部〉
 「ブラスバンド」という名称で,生徒数が410人に達した昭和62年度から活動を開始しました。「吹奏楽」と名称が変わったのは平成17年度からです。
〈陸上競技部〉
 平成2年度から特設部としての活動がスタートし,平成10年度より常設部として現在に至っています。個人競技では全国大会への出場選手を多数輩出してきました。特に砲丸投げは大玉中学校の「お家芸」ともいえる実績を残しています。男女一人ずつの全国チャンピオンが誕生しています。平成2年の武田和也選手と平成7年の河原愛選手です。歴代の県チャンピオンにも,男女合計5名の大玉中の卒業生が名を連ねています。その伝統を継承すべく,8月に山形県天童市で開催される東北大会の砲丸投げに渡邉寬規くんが福島県代表として参加します。
〈美術部〉
 現在活動している部活動の中では,最も遅い平成17年度に創部されました。創業アルバムを見る限りでは,部員が途切れることなく存続してきました。40周年記念として,先輩達が残した作品があれば,年度ごとに整理して展示する機会が設けられればと思っています。
 
 40年間にわたる部活動の変遷を調べてみると,時代毎に変化するスポーツの流行や
生徒数の増減が大きくかかわってきていることが分かります。現在本校に設置されている部活動の数は,本校の生徒数から見てほぼ妥当であると考えます。しかし,今後生徒数が減少することや流行の移り変わりを考えると,存続が厳しくなる部活動が出てくることも想定していかなければなりません。実際8月に予定されている大会では,部員8名のソフトボール部が,二本松一中と安達中との合同チームで参加をする予定です。

 昭和62年度ブラスバンド     平成2年度陸上競技              平成3年度美術
                 (男女)                            (男女)                                (男女)

非行防止キャンペーン実施

 7月14日,校門付近で警察署員,少年警察ボランティア会員(伊藤忠和さん,川越尚治さん,大山明美さん),生徒会本部役員が,夏休みの非行防止のためのキャンペーンとして,登校してきた生徒に啓発のためのチラシを配付しました。万引きや自転車盗,携帯・スマホによる非行の内容が記載してありますので,家庭でも目を通していただきたいと思います。

祝 県大会出場!~吹奏楽部~

 7月12日,福島県文化センターで開催された県吹奏楽コンクール県北支部大会に出場した本校吹奏楽部は,小編成部(出場10校)で見事第2位の成績をあげ,上位3校まで与えられる県大会への出場権を獲得しました。おめでとうございます。放課後のみならず朝や昼休み,さらには休日を返上して練習を積み重ねた部員や二人の顧問の努力が報われ,本当に嬉しく思います。なお,県大会は8月8日にいわき市のアリオスで開催されます。 

大玉中学校40年の歩み  Episode5 部活動の移り変わり その2

〈相撲部〉
 20周年の記念誌によると,第3代校長中澤剛太郎先生の強い思いとPTAの協力,村からの財政援助等もあり,昭和60年3月,大玉中に相撲場が完成しました。部活動としては昭和61年度から特設部として活動を開始しています。柔道部の生徒が,かけ持ちで参加する場合が多かったようです。
 「完成後間もなく私は転任の辞令を受け取った。土俵上での生徒の雄姿を見ぬまま去ることは,誠に忍びがたいものがあった。幸い,後任の校長も私の意志をよく理解し,継承を約束してくれた。やがて大玉中相撲部は地区大会県大会優勝を果たし,全国大会出場の偉業をなしとげた。(平成6年度)この快挙を耳にして嬉しい限りであった。その後も伝統を引き継いで活躍していると聞く。」(創立20周年記念誌 第3代校長 中澤剛太郎)相撲は特設部として平成14年度まで大会に参加していたようですが,翌年より廃部となりました。
  
  下の表は,本年度の大玉中の常設の部活動です。創立当時はなかったサッカー,陸上競 技,吹奏楽,美術はいつ頃創部されたのでしょうか。

     野球(男),バレーボール(女),ソフトボール(女),バスケットボール(男女)
     ソフトテニス(女),卓球(男),剣道(男女),サッカー(男),陸上競技(男女)
     吹奏楽(男女),美術(男女)〈サッカー部〉

 相撲と同じ昭和61年度から活動を開始しています。生徒数が増加し400人に迫ろうとする時代であったことが,部活動を増設する後押しになったのではと思われます。
サッカー部の初代顧問であった林尚先生(現福島市立西信中学校長)から,当時の様子をお聞きしました。「私は赴任する前の年から,創部は決まっていたようです。校庭が使えなかったため,毎日村民グランドに移動し,サッカーゴールを起こし,固定してから練習を始めました。練習が終わればまた撤去する毎日でした。最初の頃は大会に出ても惨敗続きでしたが,創部三年目にして初めて県北大会に出場することができました。」(つづく)

   昭和62年度柔道(男)      平成6年度相撲(男)      昭和62年度サッカー(男)

「たまちゃん」に関する根も葉もない噂に対するコメント

 7月11日の授業参観並びに教養講座ならびに学年講談会には,多数のご参加をいただき改めて感謝申し上げます。
  ところで,忙しいスケジュールの合間をぬって,教養講座のコンサートを盛り上げるために来校いただいた大玉村の観光キャラクター「たまちゃん」について「中にY先生が入っていた!」等の根も葉もない噂が広がっているとの話を耳にしましたので公式にコメントいたします。
  「たまちゃんはたまちゃんです。」

大玉中学校40年の歩み  Episode5 部活動の移り変わり その1

 下の表は,昭和51年度の大玉中に存在した部活動です。

   野球(男),バレーボール(女),ソフトボール(女),バスケットボール(男女)
   ソフトテニス(男女),卓球(男),剣道(男女),バドミントン(男女)

 このうち,今年度まで同じスタイルで存続しているのは野球(男),ソフトボール(女),バスケットボール(男女),剣道(男女)の4つの部活動で,その他の部活動は紆余曲折を経て現在に至っています。それぞれの部活動の変遷を紹介します。(なお,学校要覧や卒業アルバムの資料を基に整理しましたので,誤った記載があるかもしれません。その際は学校へご連絡いただけるようよろしくお願い申し上げます。

〈バレーボール部〉
  女子は創立以来本年度まで存続しています。平成12,13年度の2年間のみ男子バレーボール部が卒業アルバムに掲載されています。(詳しい情報をお持ちの方は,学校までお寄せ下さい。)
〈ソフトテニス部〉
 昭和50年度~52年度までの3年間のみ,男子部員がいたことが,卒業アルバムの集合写真からわかります。それ以降は女子のみで現在に至っています。
〈卓球部〉
 昭和53年度から平成11年度までは男女の卓球部が存在しました。平成12年度以降は男子のみとなっています。
〈バドミントン部〉
 旧玉井中学校時代から男女で存続していましたが,平成54年度を最後に廃部となったようです。
〈柔道部〉
  昭和52年度に創部,たびたび県大会への出場を果たしました。平成25年度まで存続しましたが,翌年度からは特設部となりました。本年度唯一の部員である遠藤雅也くん(3-2)が県北大会出場を果たしました。来年度から廃部の予定です。(つづく)

 昭和51年度ソフトテニス      昭和53年度卓球      昭和54年度バドミントン
      (男女)              (男女)               (男女)

授業参観と懇談会を実施 ~村教育委員会の学校訪問~

 7月9日,伊藤忠和教育委員長,佐藤吉郎教育長をはじめ8名が本校を訪問し,午前中は授業参観と施設見学を,午後は先生方との懇談会を実施しました。授業では,元気に校歌を歌う様子や教師の話に真剣に耳を傾ける様子などをご覧いただきました。懇談会では,学校の安全面に関する課題や生徒指導の現状,部活動に対する村の支援などが話題となりました。学校の取り組みについてご理解いただく貴重な機会となりました。

大玉中学校40年の歩み  Episode4 修学旅行の移り変わり その2

〈平成7年度~平成14年度〉
 平成7年度,創立21年目に,大玉中としては初めてとなる関東以外の地,北海道への修学旅行を実施しました。札幌,小樽,洞爺湖と道南を中心とするコースでした。平成14年度にも再び北海道を訪れています。平成9年,11年には沖縄を訪れています。北海道や沖縄が修学旅行先となった最大の要因は,平成5年に福島空港が開港し,千歳空港や那覇空港への定期便の就航があったことがあげられます。今後,平和学習を深めるために貴重な旅行先である沖縄への修学旅行が可能となるためにも,福島空港と沖縄を結ぶ定期便の再開が待たれます。
  平成13年度には,初めて関西方面への修学旅行を実施しています。前年度ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)がオープンしましたが,この学年は「阪神淡路大震災」の教訓や復興をテーマとした修学旅行を目指し,あえてUSJをコースに組み入れず,神戸での体験活動を取り入れました。(京都市内観光,大阪ドームでナイター見学は実施しています。)この年の卒業アルバムには,神戸で聴いた震災を体験された方からの講話に衝撃を受けたという感想が数多く記されていました。学年団の修学旅行に関する明確なねらいを感じることができた企画でした。
〈平成15年度~平成26年度〉
  この間は,平成22年度,24年度(いずれも関東方面)を除き,関西方面への修学旅行が定着しました。福島空港利用促進に伴う補助金受領の関係から,往復又は片道は飛行機を利用しています。行程は,京都市内観光とUSJおよびオフィシャルホテルの宿泊を基本線に,奈良市内あるいは大阪,神戸市内観光をオプションとして計画されています。来年度も関西方面での修学旅行が予定されています。
 修学旅行にかかる費用は年々増加する傾向にあります。教育費に関する保護者の負担軽減が叫ばれる中,この行事がなくならないのは,修学旅行が持つさまざまな教育的効果を期待してのことであることは間違いありません。今後は,「どこへ連れて行く。何を見学させる。」のみならず「どこで学ばせる。何に感動させる。」という教師の思いがしっかりと込められた行事となるよう,見通しを持って計画していきたいと考えます。


   平成7年度昭和新山     平成11年度ひめゆりの塔      平成23年度法隆寺

大玉中学校40年の歩み Episode4 修学旅行の移り変わり その1

  本年度の3年生の修学旅行は,京都,大阪,兵庫の2府1県を舞台に,二泊三日の日程で4月に実施しました。(詳細は学校だより第6号~第10号に掲載)下の表は,過去40年間の,大玉中における修学旅行先の,方面別実施回数をまとめたものです。

  ○ 関 東(東京,神奈川,静岡,千葉)方面:25回
  ○ 関 西(京都,奈良,大阪,兵庫)方面:11回
  ○ 北海道:2回
  ○ 沖 縄:2回

 〈昭和50年度~平成6年度〉
  創立から20周年目にあたる平成6年度まで,行き先は一貫して東京を中心とする関東方面でした。東京以外の訪問先としては,鎌倉や江ノ島,静岡の登呂遺跡や三保の松原まで足を伸ばした学年もありました。皇居の二重橋や鎌倉の大仏を背景に撮影したクラスの集合写真は修学旅行の象徴でした。その他,東京タワーや羽田空港,国会議事堂などが都内における定番の見学地でした。
 昭和57年の東北新幹線の開業と,翌58年の東京ディズニーランドの開園で,昭和60年代から平成にかけて,修学旅行の訪問先も旅行形態も様変わりを遂げます。新幹線利用で移動時間が短縮されたことにより,鎌倉まで足を伸ばした後,横浜や東京都内でナイター観戦を組み入れることが可能となりました。(昭和60年度~平成6年度)旅行の2日目または最終日には,半日以上東京ディズニーランドでの自由時間を取り入れるようにもなりました。活動形態も,大型バスを利用して全員で名所を巡る団体行動から,少人数による班行動が中心となるなど変化してきました。宿泊先も大人数で和室に泊まる日本風の旅館から,ツイン又はトリプルをベースにしたシティホテルに変わってきました。夜の枕投げはいつしか伝説になりました。(次号に続く)


  昭和52年度登呂遺跡      昭和60年度神宮球場   平成4年度東京ディズニーランド

大玉中学校40年の歩み Episode3 学校行事 ~削減の経過~ その2

学校週五日制が平成4年度から月1回,平成7年度から月2回と段階的に試行され,平成14年度に完全実施となりました。週の授業時数も28時間まで減少しました。これに伴い,平成6年度には水泳大会が,平成7年度には一気にマラソン(駅伝)大会,映画教室,芋煮会が学校行事から姿を消しました。芋煮会に関しては「収穫祭」と名称を変えて平成14年度に復活しましたが,平成23年度には再び削減されました。
  社会の変化や安全性を考慮して見直された行事もあるとは思いますが,40年前の大玉中学校と今の大玉中学校とでは,生徒にとってどちらが魅力ある学校なのだろうか?授業や部活動以外で,子どもたちの笑顔が弾ける場面はどのくらいあるのだろうか?記録を整理していく中でそんな思いが込み上げてきました。
 私は30年前にいわき市の中学校で教員生活をスタートしましたが,その学校でも,登山を除いて開校当初の大玉中学校とほぼ同じ行事を実施していました。授業中の記憶はほとんどありませんが,教え子と一緒に身体を動かしたり,おいしいものを食べたり,クラスの勝敗に一喜一憂した記憶は鮮明に残っています。授業中目立たない生徒がキラキラ輝くシーンをたくさん見ました。国は平成25年,「脱ゆとり」として,土曜授業を可能にする法改正を行いました。本年度は,本校でも3回実施します。授業を実施し,学力の向上を目指す事も大切でしょうが,この40年間で失われていった学校行事の一部を復活させるための土曜授業があっても良いのではという思いを強くしました。保護者や地域の皆様方のご意見をお聞かせいただければ幸いです。

   平成6年度最後の駅伝大会  平成11年度最後の陸上大会 平成22年度最後の収穫祭

浴衣の着付けを教わりました ~学校支援ボランティア 1年家庭科~

  1年生の家庭科では現在,衣生活分野の学習をしています。6日,1組の授業で,日本の伝統的な和服についての学習として,浴衣の着付け体験教室を開きました。
 今回は6名の学校支援ボランティアの方にご協力いただきました。まず,代表の生徒がモデルとなり浴衣を着付けてもらいました。浴衣の着付け方を生で見た生徒たちは,思わず「難しそう」とつぶやいていましたが,そのあとマンツーマンで着付け方を一から教わり,何度か練習したところ,友だちの着付けを手伝ったり,ほとんど自分で着付けたりできるようになりました。最後にファッションショー形式で浴衣姿を見せ合い,度々歓声が上がりました。今後,他の学級でも実施する予定です。 

大玉中学校40年の歩み Episode3 学校行事 ~削減の経過~ その1

   昭和51年度(開校2年目)に実施された主な学校行事
     〈体育的行事〉
       ○校内球技大会 ○校内陸上競技大会 ○校内水泳大会 ○校内マラソン大会
     〈その他〉
       ○映画教室 ○文化祭(合唱祭) ○芋煮会 ○安達太良登山 ○写生会

                ↓

   平成27年度(本年度)実施する主な学校行事

       ○体育祭 ○文化祭(合唱祭)

 上の図は,修学旅行など旅行的行事を除いた主な学校行事を,開校当時と本年度とで比較したものです。現在の体育祭は,一部かつての球技大会や陸上競技大会の要素を含んだものと考えられますが,改めて比較すると多数の行事が削減されてきたのだと思い知らされます。
  では,これらの行事がいつ頃,どのような背景で消えていったのでしょうか。40年間の変遷をたどると,その主な要因は,国の教育施策の転換等に伴う,授業時数の削減や学校週五日制の導入が大きくかかわってきたことが分かりました。昭和56年度から実施された学習指導要領では「詰め込み教育」や「偏差値教育」から「ゆとり教育」への転換が図られ,週の授業時数が前年度の34時間から30時間に減少しました。そのため学校現場でも学校行事の見直しが図られ,大玉中学校でも57年度から安達太良登山と写生会が学校行事から削減されたと予想されます。その代わりに鑑賞教室(音楽,演劇)が新設され,平成4年まで続きました。(次号に続く) 
    
     昭和56年度の安達太良登山

好きだからこそ頑張れる ~社会人から学ぶ会 2年生~

  7月3日,2年生はキャリア教育の一環として「社会人から学ぶ会」を開催しました。
 講師を務めていただいたのは日本旅行東北福島支店で営業を担当している菅沼李枝子さんです。
  高校2年生の時の職場体験で,お祭りやイベントを開催するお手伝いをしたことが観光業に携わるきっかけとなったこと,辛い時もあるけれど,人とコミュニケーションを取ること・喜んでいるお客様の姿を見ることが好きなので頑張れること,社会人になって,中学生の時には思いもしなかった髪型や服装など「身だしなみ」の大切さに気が付いたことなど,自分の経験や感想を交えながら,分かりやすい言葉で,語りかけるように話をしていただきました。入社して4年目,生徒とは年齢が近いこともあり,より心に響いたのではないでしょうか。
  2年生は,8月27,28日の2日間,職場体験活動を予定しています。働くことの楽しさと厳しさをたくさん体験してきてほしいと思います。

輪島選手の「休む勇気」~陸上部県大会,吹奏楽部県北大会壮行会~

 7月3日,陸上部,吹奏楽部壮行会に際し,次のような話をしました。
 休む勇気
 今日は「休む勇気」というお話しをします。今から40年ほど前のお話です。
 輪島功一というボクシングの世界チャンピオンが,7度目の防衛戦を間近に控えていました。対戦相手は格下で,マスコミは輪島選手のKO防衛を予想していました。試合10日ほど前の公開練習でも,絶好調。誰もがチャンピオンの防衛を疑いませんでした。
   しかし,試合は輪島選手の最終回KO負け。チャンピオンベルトは挑戦者の手に渡りました。この日,輪島選手は1ラウンドから身体の切れがなく,不用意な挑戦者のパンチを浴び続けました。チャンピオンとしてのプライドで戦い続けましたが,最終回,挑戦者の猛攻でスローモーションのようにマットに崩れ落ちました。10日前には絶好調を伝えられた輪島選手はなぜ,格下の選手に負けてしまったのでしょうか。原因は,「オーバーワーク」つまり練習のし過ぎでした。日本中に楽勝ムードが漂う中,輪島選手ひとりだけが「油断してはいけない。」「いい試合を見せたい。」「絶対に負けられない」という思いを日々強くしていき,本来ならば練習量を落として体力を温存しなければならない時期に,厳しい練習を続けました。練習すればするほど不安な気持ちが増し,練習量を落とせなかったそうです。
  陸上部,吹奏楽部,剣道部の皆さん。大会まで残された日々はあとわずかです。これから連日ハードな練習や長時間の練習をしても劇的な記録の向上や技能の向上は望めません。逆効果となる場合もあります。練習の量より質の向上を図りなさい。「跳ぶ,投げる,走る本数を減らし,一本一本の試技を大切にする。」「練習の終了時刻を定めて,その時間までに目標を達成するようにする。」「時には練習を休み,リフレッシュする時間を取る」等,「休む勇気」を持ってほしいと思います。そして大会やコンクール当日,心身ともに充実したコンディションで競技にそして演奏に臨んで下さい。絶対に上位大会への出場権を獲得するんだという強い気持ちをもって。
 さて,試合に負けた輪島選手はその後どうしたのでしょうか。深いダメージを負い,試合直後に入院し,医者からは引退を勧められました。しかし,輪島選手は,再起を決意し7ヶ月後,リターンマッチのリングに戻ってきました。結果は判定勝ちで見事チャンピオンに返り咲きました。この時輪島選手が取り入れたトレーニングは,現在「インターバルトレーニング」と呼ばれています。適度に休養を取りながら続ける練習方法です。試合後のインタビューで輪島選手が強調したのが「休む勇気」の大切さでした。

チャレンジ精神に拍手! ~英語弁論大会出場者オーディション~

  7月1日の放課後,8月26日(水)に白沢カルチャーセンターで開催される地区英語弁論大会へ出場する学校代表を決めるオーディションを開催しました。
 「オーディションを受ける生徒は集まるのだろうか?」この選考方式を聞いた私の正直な感想でした。しかしこの心配は杞憂に終わりました。私の予想を遥かに上回る1~3年生まで合計11名がオーディションに参加してきました。本校英語科の5名の先生が審査にあたりました。参加した生徒は,暗唱の部2名,創作の部2名,合計4名の代表の座を目指し,予め渡されていた英文を審査員の前で朗読しました。審査基準は「声の大きさ」「表現力」「発音」です。緊張感漂う雰囲気の中,できる限り表情を豊かに発表しようとする生徒達の姿が印象的でした。素人の私には,どの発表も優劣が付けづらいほどすばらしい出来ばえに思えました。
 全員の発表が終えた後,英語科主任の仲江川先生からは「皆さんのチャレンジ精神に拍手を送ります。発表の内容も,一生懸命に練習してきた努力の跡が伝わりました。」 David先生からは「全員を代表に選びたいほどすばらしい発表でした。」というコメントが伝えられました。
 審査員による厳正な審査の結果,2年性2名,3年生2名が代表に選出されました。選ばれた皆さんは,出場を果たせなかった7名の思いも胸に,これからの練習に努めてほしいと思います。



   目指せ県大会!

誘惑に負けない規範意識の高い大人に~薬物乱用防止教室 3年生~

  6月29日(月)5校時,3年生対象にした薬物乱用防止教室が行われました。講師は,県北保健福祉事務所主任薬剤技師の渡邊学美先生に務めていただきました。
 DVDとパワーポイントを用いての講話では,一般の薬(風邪薬,鎮痛剤など)の使用法や使用回数を守らないことも乱用になるということ,福島県内においても危険ドラッグを含む薬物乱用による事件・事故が起きていること,また薬物乱用による身体への影響などをわかりやすく話していただきました。
 来春,高校へ進学し,将来は社会人となり活動範囲や交友関係を広げていく3年生達は,真剣に話を聞いていました。自分の健康を自分で守れる,誘惑に負けない,規範意識の高い社会人に成長してくれることを願っています。

大玉中学校40年の歩み Episode2 生徒数の推移,ピークは平成3年度

 下のグラフは,大玉中学校40年間の生徒数の推移を示した折れ線グラフです。本校は,創立2年目の昭和51年,現在の校舎に移転し,全校生397名でスタートしました。翌年から徐々に生徒数は減少し,開校7年目の昭和56年度には291名と300名を割り込みます。しかし,その後徐々に生徒数が増加します。特に昭和58年度から昭和62年度までの4年間で生徒数が一気に110名も増加しています。「図説大玉村の歴史」には,この要因が次のように記されています。「会津地方や阿武隈山系の町村に見られる過疎現象が生じなかったのは,中通り地区の中心部に村が位置していたこと。さらにこの間に村独自のさまざまな施策が行われたことによります。とくに,母子健康センター設置(40年),玉井・大山幼稚園開園(47年),国民保養センターオープン,乳幼児医療費助成(48年),スクールバス運行開始(53年),保健センター完成(62年)など福祉・教育・住環境の整備なども人口減を食い止める要因でした。」
 平成3年度(417人)をピークに生徒数は徐々に減少してきていますが,安達地区や福島県の他の市町村と比べると減少率はかなり抑えられています。村当局には引き続き定住化政策を推進していただき,学年3クラスの活気ある中学校として存続していきたいものだと願っております。

進路選択意識の向上を図る ~高校説明会 2・3年生~

  6月25日(木)8時45分から体育館において「高校説明会」が行われました。午前中行われた8校は3年生と保護者の参加で,午後の5校には2年生も加わりました。約40名ほどの保護者の方が参加しました。南は郡山市,北は福島市と広範囲から私立・県立合わせての13校の先生方が来校され,各高校の様子について説明をしていただきました。それぞれの高校の授業内容や学校生活の様子,卒業後の進路などが具体的にイメージでき,進路選択をする上での判断材料となる貴重なお話でした。
  当日,体育館での説明会は蒸し暑く過酷な条件でしたが,その中でも元気にあいさつをし,集中して説明を聞く大玉中生徒の態度に高校の先生からお褒めの言葉をいただきました。今回の説明会を経て中学2,3年生がそれぞれに進路選択に対する意識を高めてくれることと期待しています。